season's quarterly

数学/物理/プログラミング

階層性・仮想化

「内部の空間からは外部の空間の情報が隠蔽されている」とか「隠蔽することで都合の良い空間を構築する」といった話は様々な分野で見られる。

2次元しか知覚できない生物を考え、この生物にとって世界は無限に広がる2次元の平面に見えているとする。この平面が3次元の空間に埋め込まれているとしたとき、この空間内でも平面であるとは限らない。光や音も空間ではなく平面に沿って伝わるので、2次元の生物が知覚する世界は2次元でしかない。それにも拘わらず、この生物にとっては自らが住んでいる世界を2次元の平面として記述しても一向にかまわない。外部から見れば誤りであるような記述も内部から見れば矛盾なく成立するのである。いわばこの生物が住んでいるのは実在の3次元の中に実装された仮想的な空間なのだ。もちろんこの階層構造はいくらでも高階に考えることができる。

全宇宙の物体の大きさが等しく大きくなっていたら観測者にはどう見えるだろうか。物差しも等倍で拡大し、自分自身も拡大するから、変化していても気付かないだろう。全宇宙の物体の速度が等しく大きくなっていたらどう見えるだろうか。時計の進みが等倍で速くなり、自分の頭の回転も速くなるから、同様に変化には気付かないはずである。

外在的な量から定義されたガウス曲率が内在的な量のみから導くことができることを示したのが、ガウスの驚異の定理であった。一般相対性理論において物質の運動を記述する測地線の方程式はリーマン計量のみで書かれており、外界の情報を全く必要としない。

このような階層性はコンピュータ技術においてよく利用されている。OSは物理アドレス空間から使用可能なメモリをかき集めて仮想アドレス空間を構築する。「C言語の配列が連続するメモリに配置される」というのは仮想アドレスの話である。Javaバイトコードコンパイルされ、実行時はJITコンパイラがスタックマシンをエミュレートする。これは仮想マシンと呼ばれる。

人間の記憶に関しては、感覚記憶から短期記憶・長期記憶の順に貯蔵されるという仮説(二重貯蔵モデル)が提案されている。心理学で検討するのはしばしばこのような抽象的なモデルであり、神経系の上に具体的にどのように実装されているかには立ち入らない。ところで記憶の宮殿というものがあるが、物理的にはどのような配置になっているのだろうか。また、多重人格者は人格間で記憶が共有されないというが、脳の中でどのようにリソースが分割されているのだろうか。

人間の色覚に関して、ヤング=ヘルムホルツの三色説とへリングの反対色説という二つの説があった。三色説とは、色彩はRGBの3つの原色の組合せであるという説。反対色説とは、色彩は赤-緑、青-黄という相反する性質の物質の組合せであるという説。両者にもそれを用いることで上手く説明できる現象が存在する。これに対してアダムスが段階説というものを提案した。これは人の神経系は三色説に基づく処理がされた後、反対色説に基づく処理がされるということである。つまり、三色説と反対色説は対立するものではなく、単一のシステムを異なるレイヤーから記述したものに過ぎないということだ。

バイクにはリザーブタンクと呼ばれる予備のガソリンタンクがある。これによりメインのタンクのガソリンが切れてもしばらくは走ることができるのである。しかしリザーブタンクというタンクが物理的に存在しているわけではない。タンクは1つだが、タンクの底より少し高い所からガソリンを供給することで仮想的なタンクを構築しているのである。

知覚する世界がどのレイヤーにあるかに関わらず意識は存在するはずだと推論したのがデカルトだった。デカルトは『方法序説』の中で夢を例に解説している。自分が夢を見ているとしても夢を見ている自分という存在は消えない。現代ならVRで例えても良い。自分が仮想現実にいるとしても、(実体を持った動物であれ、水槽の中の脳であれ)何らかの形で意識は実在するだろう。似たような話に胡蝶の夢、邯鄲の枕などがある。

世界には様々な考察や観察が可能なのである。